生活インフラが破壊されても「勝利を信じて今は耐える時」
ウクライナとクリミア半島が面する黒海沿岸は、南はエーゲ海への入り口ボスポラス海峡を擁するトルコ、西はかつてヨーロッパの火薬庫と言われたバルカン半島、東側にはロシア連邦が取り囲み、地政学上の利害が複雑に絡み合う。
そこは古くから肥沃な穀倉地帯として知られ、絶えず覇権をめぐる争いの舞台となってきた。ローマ帝国、オスマン帝国、チンギスハンの末裔であるタタール人に帝政ロシアと、変転する時代ごとの強大な力によって支配されてきたのである。
19世紀の半ばに起きた「クリミア戦争」は、帝政ロシアとトルコ・イギリスなどの連合軍との3年にわたる大きな戦争であった。
戦闘の地となったクリミア半島での連合軍の戦死者は約7万人。それに対し、ロシア側は約13万人にも上り、結果はロシアの大敗に終わった。
この時、戦争の端緒となったのはロシアによるトルコ領への侵攻であったが、今、かの地では、またもや歴史をかがみとしないロシアによる横暴が続いている。
ウクライナ軍の反転攻勢によって、奪われていた地域の奪還が伝えられているが、一方でロシア軍の民間人やインフラ設備を狙ったミサイル攻撃も続いている。爆撃の轟音と空気をゆらす衝撃波は、ウクライナの人びとの不安を一層深めていることだろう。
ウクライナの首都キーウに母親が暮らしているという、日本在住のウクライナ人、ヤロスラーヴ(仮名)さんが、現在の故国の状況をこう語ってくれた。
「電気や水道などの生活インフラが、ロシアのミサイルによって破壊されている中、暖房はほとんど使えません。母も近所の人たちも寒さに凍えていますが、それでも勝利を信じて今は耐える時だとじっと我慢しているのです」
暖房はアパート全体を石炭やガスを使うボイラーで温めるのだが、電気が止まるとそれらも運転できなくなるというのだ。ヤロスラーヴさんによれば、母親の暮らすアパートは、幸い電気が全面的に止まっているわけではなく通電する日もあり、その時に沸かしたポットのお湯や、カーシャと呼ばれる熱々のおかゆを食べて温まっているという。
「電気が通った時にインターネットを通じて、母とは頻繁に連絡をとっています。空襲警報は毎日のようにありますが、その度に地下のシェルターに避難するには、階段を下りたり上がったりするのでとても大変です。今は着弾した時の爆風を避けるため、空襲警報が鳴れば窓から遠い廊下に避難しているそうです」
このまま経済支援が続けば、ウクライナ側の武力の優位性が増す
硝煙のくすぶる中で人びとは、生き延びようと必死の毎日を送っている。しかも、ウクライナ経済は戦争によって深刻なダメージを受けているという。
4月10日、世界銀行は2022年におけるウクライナの経済成長率見通しを、マイナス45.1%と発表しているが、ウクライナ国立銀行(NBU、中央銀行)は7月28日、自国の実質GDP成長率をマイナス33.4%と、世界銀行よりも上向きな見通しを発表した。
実際、市民生活はどうなっているのか、ヤロスラーヴさんに聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。
「日本では、ウクライナの人びとが爆撃を受けて逃げ隠れし、心細く生活しているように報道されています。しかし、キーウに限って言うと、スーパーには食料品をはじめ生活必需品も割と豊富に並び、年金生活者や公務員の収入は、各国の経済支援によってきちんと支払われています。
しかし民間企業は大変です。ほとんど業務は停止していると思いますが、中にはポーランドなどの周辺国へ移り、オンラインのテレワークによって業務を続けている企業もあるようです。ただ18歳から60歳までの男性は徴兵の可能性があり、出国が認められていませんので、それらの仕事は主に女性が担っています」
地域差はあるだろうが、どうやら市民生活は物資が逼迫することなく営まれているようだ。
それを支えているのは、世界銀行を核とした西側諸国による資金援助だ。ウクライナ侵攻が始まった直後から財政支援をはじめた世界銀行グループは、これまで約178億ドルを集め、そのうち約114億ドル(約1兆6000億円)が実際に支払われている。
一見、巨額な援助と思うかもしれないが、G7全体の名目GDPだけでも、約42兆4260億ドル(約5812兆円)と、その莫大な経済規模から考えればわずかな金額だ。
「ウクライナは経済的に小さな国ですから、各国の支援はとても助かっています。ただロシアは石油や天然ガスといった豊富な資源を持っていますので、西側諸国の経済制裁をもってしても窮地に陥れることができません。なぜなら中国やインドが、相変わらずロシアから資源を購入しているからです。
しかし、G7の財務会合によって、来年2月5日に石油の上限価格制度が導入されます。それが機能すれば、ロシア経済には大きな痛手となり戦費の調達も難しくなるのではないかと思います」
世界銀行を通じた西側諸国からの支援で支えられるウクライナと、石油輸出による資金調達が不透明な段階になりつつあるロシア。まさにウクライナへの経済支援が続けば、均衡を保ってきたバランスが一気に崩れ、戦力の差へと直結する。来春以降、ウクライナ側の武力の優位性が増す可能性が高いのだ。
ロシアが勝利すれば世界のパワーバランスが不安定になる
そんな中、ウクライナでは12月3日、2023年度の国家予算が成立した。歳入は1兆3000億フリヴニャ(約4兆8000億円)、歳出はちょうど2倍の2兆6000億フリヴニャ(約9兆6000億円)と見積もられた。
この1兆3000億フリヴニャの赤字は、今年の世界銀行グループからの支援金とほぼ同額となり、来期も各国からの資金的援助が必要不可欠であることがわかる。
しかも戦費にあたる防衛・安全保障費用を、ゼレンスキー大統領は1兆フリヴニャ(約3兆円)と見積もっている。そのほぼすべては、日本を含む西側各国が拠出した資金が原資となっているのだ。
一方、ヨーロッパでは、約500万人ものウクライナ国民がポーランドやルーマニアをはじめとする近隣諸国に避難している。加えて中東やアフリカからの難民も押し寄せ、各国の財政を圧迫しているという現実がある。高いインフレ率も悩みの種だ。こうしたことからヨーロッパの人びとは、戦争に対して飽きが生じていると分析する専門家もいる。
ヤロスラーヴさんは、そうした厭戦ムードに釘を刺す。
「コソボ紛争の時には弾圧されていたアルバニア人のために、NATOがユーゴスラビアを空爆し、後にコソボは国家として独立を果たしました。もしこの時、NATOが彼等を助けてくれなかったら、アルバニア人は絶望したことでしょう。
同じ理由で、ウクライナ侵攻がロシアの勝利となったとしたら、力による現状変更は可能だと示すことになり、次から次へと戦争が起きてしまう。降伏しないと核兵器を使うぞと脅して、やりたい放題の世界になってしまいます。ウクライナがロシアの前に屈服することになれば、世界のパワーバランスも経済も、今以上に不安定になることは火を見るより明らかなのです」
ヤロスラーヴさんは、ウクライナにとって今が正念場であり、世界からの支援が続いている限り、必ず勝利することができると語る。そして近い将来、戦争が終わり、ウクライナが復興の端緒につけば、市民生活が元通りになるのは、それほど時間はかからないと言う。
「そうなればウクライナは、以前にも増して経済的な飛躍を遂げると思います。私は個人的に有望なスタートアップに投資しようと思います。それだけ潜在的な可能性を秘めた国なんです」
ヤロスラーヴさんも、そしてウクライナの人びとも、心は折れていない。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] ウクライナの勝利を確実にするのは西側の義務 [関連記事]停電の暗がりの中、赤ちゃんの心臓手術 ミサイル攻撃受けたキーウの病院

<このニュースへのネットの反応>
ウクライナがロシアの前に屈服することになれば、世界のパワーバランスも経済も、今以上に不安定になる ←逆に、ロシアがウクライナに屈服して崩壊すれば、それ以上に、世界のパワーバランスも経済も、不安定になる。だからNATOも米国も、ウクライナにロシアが崩壊するほどの援助はしようとしない。
ウクライナに手を貸すのには兵器(このせいで兵器競争始まってるし)が使えるのと貸しが作れるからなんだよね
復興できるのか、じゃないよ復興させるんだよ、ロシアに勝利してからだけど
というかロシアを国連に居続けさせるのは復興にケチが付くんじゃねぇの
この手の話って終わってから出る話じゃないん?
EUが凍結してるロシア資産が60兆円でアメリカが押さえてるのが40兆円、その他スイスや日本が数十兆円全額合わせて100兆円超ウクライナの復興資金になるんだが・・・全然足りんよ、そして最悪なのがガッツリロシアと国境を接してるって事、軍を再建し再編成し徴兵制度で生産落として装備すべてお高い西側製に総とっかえ、100兆円如きじゃ全然足りん。
地理的に経済などがロシアに依存している様な感じがするんだよな、立て直す為にはマジでEU加盟が必須かも知れないねえ。
寧ろ完全に破壊されてるマリウポリとか周辺の市街はまんまロシアに編入した方が復興の枷が減るまである、緩衝地帯であるが故に米軍の駐留も厳しいってなると国境線は自前で守らなきゃならんから軍の再建と装備やシステムの見直しにかかる費用だけでも悪夢やで、しかも徴兵制は維持せにゃならん常時臨戦態勢は必至やしな、つまりGDP的にもヤバイなんせ軍は何も生産しないからな。
NATOのモスクワ空爆いいね。ウクライナ復興はロシアの賠償金でやれ。
とりあえず戦後は各国のロシアの資産を全部没収してウクライナ復興に充てるってことでいいんじゃないかな。もちろんロシアに賠償金も要求するけど、払えそうにないし。
>秋月せつらさん 実態は逆です、ウクライナにロシアが依存しているからウクライナを取り込まざるを得なくなってるんです、ウクライナのロシア依存が強いなら経済的に締め上げるだけでいい
>akaneさん:地理学的に見てロシアが戦略的にウクライナをバッファゾーンにしたがっていたりウクライナの資源を当てにしていると言うのは分かりますが、市場と言う意味ではロシアの様な大国は適度に市場として利用するべきだと自分は思います、日本と中国の様に。